大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1403号 判決

控訴人 原告 板橋藤一郎

訴訟代理人 加久田清正 外一名

被控訴人 被告 槇塚政好 外二名

主文

原判決中控訴人と被控訴人らとの間に関する部分を次のとおり変更する。

被控訴人槇塚政好及び被控訴人土谷精一は控訴人に対し、控訴人から金三十万七千五百円の支払を受けるのと引換に、別紙目録記載第一の建物を引き渡してその敷地部分五坪三合三勺を明け渡し、かつ、各自昭和二十九年四月二十三日以降右建物の引渡及び敷地の明渡済に至るまで一箇月金四十七円の割合による金員を支払うべし。

被控訴人幸田久男は控訴人に対し、別紙目録記載第二の建物を引き渡してその敷地部分九坪一合二勺を明け渡しかつ、昭和二十九年四月二十三日以降右建物の引渡及び敷地の明渡済に至るまで一箇月金八十円四十四銭の割合による金員を支払うべし。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、控訴人と被控訴人槇塚政好及び被控訴人土谷精一との間に生じた部分は、第一審に関するものは同被控訴人らの、第二審に関するものは控訴人の各負担とし、控訴人と被控訴人幸田久男との間に生じた部分は、第一、二審とも同被控訴人の負担とする。

この判決は、被控訴人らに対し金員の支払を命じた部分に限り仮にこれを執行することができる。

事実

控訴人訴訟代理人は、原判決の控訴人と被控訴人らとの間に関する部分を次のとおり変更する、被控訴人槇塚政好、同土谷精一は控訴人に対し別紙目録記載第一の建物を収去してその敷地五坪三合三勺を明け渡し、かつ、連帯して昭和二十九年四月二十三日から右土地明渡済まで一箇月金四十七円の割合による金員を支払え、被控訴人幸田久男は控訴人に対し別紙目録記載第二の建物を収去してその敷地九坪一合二勺を明け渡し、かつ、昭和二十九年四月二十三日から右土地明渡済まで一箇月金八十円四十四銭の割合による金員を支払え、訴訟費用は被控訴人らの負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人幸田久男は控訴棄却の判決を求め、被控訴人槇塚政好は当審における本件準備手続及び口頭弁論の各期日に出頭せず、被控訴人土谷精一は本件口頭弁論期日に出頭したが弁論をなさず退廷した。

当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、控訴人訴訟代理人において(一)被控訴人らの本件各建物の買取請求の主張に対し、控訴人と原審被告中村謙治との間の本件宅地の賃貸借契約は、同人に従前主張のとおりの賃料債務の不履行があつたので控訴人において中村に対し昭和二十九年四月二十一日付翌日到達の書面を以て同書面到達後三日内に該延滞賃料を支払うよう催告したがなお、その支払がなかつたので同年七月十三日右賃料債務の不履行を理由として民法第五百四十一条の規定に基き該賃貸借契約解除の意思表示をなした結果被控訴人らの本件建物買取請求権行使の前である右同日右解除により終了しているから、被控訴人らはいずれも本件建物買取請求権を有しない。控訴人は原審以来控訴人と原審被告中村謙治との間の本件宅地賃貸借契約は、第一次的には同人の右賃料債務の不履行を理由として民法第五百四十一条に基き昭和二十九年七月十三日なした契約解除の意思表示により、第二次的に本件宅地の無断転貸を理由として同年四月二十二日同法第六百十二条第二項に基きなした契約解除の意思表示により終了したと主張しているのである。(二)また、被控訴人幸田所有の別紙目録記載第二の建物については、同被控訴人において同人の訴外山田喜一に対する金二十七万円の借入金債務のため右建物を代物弁済に提供し所有権移転請求権保全の仮登記がなされているので、控訴人は同被控訴人の建物買取請求の結果その建物所有権を取得しても、後日山田のため右仮登記に基く所有権取得の本登記がなされるときは一旦取得した右建物所有権を失うこととなる。従つて買取請求の目的物件たる建物にこのような仮登記が存する限り同被控訴人には本件建物買取請求権はないものと解すべきである。(三)仮に被控訴人らに本件各建物の買取請求権があるとしても、原判決の認定した右各建物の価格は不当に高額であり、また、少くとも右目録記載第二の建物につき前示仮登記のあることはその建物の価格の算定につきしんしやくされるべきである。(四)なお、被控訴人らの本件各建物の買取請求権行使が有効であつて、右権利行使以後においては被控訴人らはそれぞれ右各建物の代金の支払があるまで該建物の引渡を拒むことができることの反射的効果としてその建物敷地を占有しているのであつてこの限りにおいて該敷地の占有は不法占有とならないとされるとしても、被控訴人らは本来右敷地を占有使用し得べき権原を有しないのであるから、本件におけるが如く被控訴人らにおいて依然右各建物に居住してその敷地を占有している以上、被控訴人らはその敷地の公定賃料に相当する利得を得、反面控訴人においてこれと同額の損害を被つていることに帰するから、控訴人は被控訴人らに対しそれぞれ不当利得を原因として右買取請求権行使の日の翌日である昭和三十一年十一月二日以降右各建物の引渡及びその敷地部分の明渡済に至るまで従前主張の公定賃料額に相当する利得の返還を求める。と述べ、被控訴人幸田において別紙目録記載第二の建物の敷地の公定賃料額が控訴人主張のとおりであることは争わないと述べ、証拠として控訴人訴訟代理人において、新たに甲第七号証から第九号証までを提出し、被控訴人幸田において、新たに原審における相被告中村謙治が提出した乙第一、二号証、第三号証の一から五まで、第四号証の一から三まで、第五号証及び第六号証、原審証人田中豊吉の証言並びに原審における相被告中村謙治、被控訴人槇塚政好、同土谷精一及び同幸田久男各本人尋問の結果を援用し、甲第七号証から第九号証までの成立を認めたほかは、原判決の事実摘示に記載されているとおりであるから、ここにその記載を引用する。

理由

東京都板橋区志村清水町四十五番地宅地六十九坪(以下本件宅地という。)が控訴人の所有であること、右宅地の上に被控訴人槇塚及び同土谷が別紙目録記載第一の建物を共同で所有しその敷地部分五坪三合三勺を、被控訴人幸田が別紙目録記載第二の建物を所有しその敷地部分九坪一合二勺を、いずれも昭和二十九年四月二十三日以降占有して来たことは、本件各当事者間に争がない。

被控訴人らは、被控訴人らはいずれもその所有となつた右各建物の敷地部分を本件宅地の賃借人たる原審相被告中村謙治からそれぞれ転借し、右転貸については控訴人の承諾があつたから、正当権原に基いて右土地を占有するものであると主張するので考えるに、右中村が昭和二十三年九月十日以降本件宅地を控訴人から賃借期間を満二十年と定めて賃借したことは本件各当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二ないし第四号証、原審における被控訴人土谷精一本人尋問の結果によりその成立を認めることができる乙第三号証の一ないし五、原審における被控訴人幸田久男本人尋問の結果により真正に成立したものと認める乙第四号証の一ないし三及び乙第六号証に、原審における中村謙治の被告としての本人尋問、右被控訴人両名及び被控訴人槇塚政好本人尋問の各結果並びに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、中村はその賃借にかかる本件宅地の上に昭和二十四年十一月ごろ木造スレート葺平家建店舗一棟建坪十九坪を建築して所有し、さらにその後昭和二十八年中別紙目録記載の第一及び第二の建物の建築を計画しその工事を訴外橋本鎮夫に請負わせたが、工事中途で資金難に陥り結局右各建物は請負人橋本が自己の資金を以てこれを建築し橋本の所有建物となつたので、中村は橋本がその建物の敷地部分を使用することを暗黙に許諾したこと、しかるに、橋本はその後右目録記載第一の建物を同年十二月十一日ころ興亜商事不動産部の仲介により被控訴人槇塚及び同土谷両人に、同目録記載第二の建物を山上吉太郎の周旋により被控訴人幸田にいずれも借地権付であるということで売り渡したため、中村は、やむをえず被控訴人らが右各建物を買い受けてその敷地部分を使用することを暗黙に承諾したことを認めることができる。原審における中村謙治の被告としての本人尋問及び被控訴人土谷精一本人尋問の各結果中右認定に反する部分は採用し難く、ほかに右認定を動かすに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、中村は結局本件宅地のうち別紙目録記載第一の建物の敷地部分を被控訴人槇塚及び同土谷に、別紙目録記載第二の建物の敷地部分を被控訴人幸田に対し、それぞれ転貸したものというべきである。しかしながら、右転貸について賃貸人たる控訴人の承諾があつたとの被控訴人ら主張の事実については、その明示の承諾のあつたことはもちろん、黙示の承諾のあつたことも、これを認めることができる証拠がない。

そして、ほかに被控訴人らが右各建物の敷地部分を占有することができる正当権原を有することは、被控訴人らの主張し、かつ、立証しないところであるから、被控訴人らは控訴人所有の本件宅地のうち右各所有建物の敷地部分に当る土地をそれぞれ不法に占有し、これにより昭和二十九年四月二十三日以降控訴人に対し右土地の賃料に相当する損害を与えて来たものというべきところ、成立に争のない甲第六号証によれば、右昭和二十九年四月二十三日当時の本件宅地の公定賃料は一箇月一坪につき金八円八十二銭であることが明らかである(もつともこの点は被控訴人幸田においてはこれを認めるところである。)から、これを基準として右各占有部分に相応する損害額を算出すれば、被控訴人槇塚及び同土谷は一箇月金四十七円の割合による損害を共同で、また、被控訴人幸田は一箇月金八十円四十四銭の割合による損害を控訴人に対して与えて来たこととなる。

ところで、被控訴人槇塚及び土谷は、原審における昭和三十一年十一月一日午後一時の本件口頭弁論期日において別紙目録記載第一の建物を、また被控訴人幸田は、右期日に同目録記載第二の建物を、それぞれ借地法第十条の規定により時価を以て買い取るべきことを控訴人に請求したことが記録上明らかであるから、次に被控訴人らがそのような買取請求権を有するかどうかについて考える。前に認定した事実によれば、本件各建物の敷地の使用につき地主である控訴人と本件各建物を建築して原始的にその所有者となつた橋本鎮夫との間には直接なんらの契約は無かつたけれども、橋本が右各建物を建築しこれを所有するに至つたのは、本件宅地の賃借人たる中村が本件宅地のうち右各建物の敷地となつた部分に右各建物の建設を計画し、その建築工事を橋本に請負わせたが、途中資金難のため、やむをえず請負人たる橋本において自己の費用を以てこれを建築した結果にほかならないことが明らかであるから、右建築は地主たる控訴人に対する関係においても適法であつたというに妨げなく、そして中村は、本件各建物が橋本の所有建物となつた後同人がその所有のためその敷地部分を使用することを暗黙に許諾していたが、その後被控訴人らが本件各建物を借地権付でということで橋本から買い受けるに及んでその敷地部分を被控訴人らに転貸したものと認むべきこと前説示のとおりであるから、このような場合には、右建物所有のためその敷地の転貸を受けた被控訴人らにおいてその転貸につき地主の承諾を得られないときは、借地法第十条の規定の趣旨に準じてその所有建物につき地主に対しこれが買取請求をなす権利を有するものと解するのが相当である。そして本件において、被控訴人らが控訴人から本訴の提起を受けるまでに控訴人に対し右転貸につき諾否の催告をしたような事実は認められないけれども、本件記録によれば、昭和二十九年五月十四日控訴人から本件各建物の買受人である被控訴人らに対し右各建物の敷地部分の不法占有を理由として右各建物の収去土地明渡請求の本件訴が提起されているのであつて、このような訴が提起されている以上被控訴人らにおいて改めて控訴人に対し右敷地の転貸の諾否の催告をすることは無意味であるから、被控訴人らは控訴人に対し改めて右転貸の諾否の催告をなすことを要せずして、右訴の提起のあつた時において右建物買取請求権を取得したものというべきである。

控訴人は、控訴人と中村謙治との間の本件宅地の賃貸借契約は、被控訴人らが右建物買取請求権を行使する前である昭和二十九年七月十三日中村の賃料債務不履行を理由として解除されたから、被控訴人らは右買取請求権を有しないと主張し、本件記録によれば、控訴人が被控訴人ら及び右中村謙治を相手方として提起した本件訴の昭和二十九年七月十三日午前十時の原審口頭弁論期日において中村との間の本件宅地の賃貸借につき同人の賃料債務不履行を理由として同人に対し該賃貸借を解除する旨の意思表示をしたことが明らかであるけれども、控訴人は本件訴訟において原審では控訴人と中村との間の右賃貸借終了の原因として終始第一次的には中村が本件各建物の敷地部分を控訴人に無断で被控訴人らに転貸したことを理由として民法第六百十二条第二項により昭和二十九年四月二十二日なした契約解除により終了したことを主張し、第二次的に中村の右賃料債務不履行を理由として民法第五百四十一条により同年七月十三日なした契約解除により終了したことを主張していたのであつて、(控訴人は原審以来賃料債務の不履行を理由とする契約解除を第一次的に、無断転貸を理由とする契約解除を第二次的に主張していた旨主張するけれどもそうではない。)それを当審になつて従来原審では第二次的に主張していたものを第一次的に、従来第一次的に主張していたものを第二次的に主張するものである旨その主張の順序を変更するような陳述をなし、以て前記のように、中村との間の本件宅地の賃貸借は、被控訴人らが本件建物の買取請求の意思表示をなす前に中村の賃料債務不履行により解除されて終了したから被控訴人らには右建物の買取請求権がない旨抗争するに至つたものであることが亦記録上明らかである。しかし控訴人がどのような順序を付して主張するにせよ、控訴人の主張によれば、控訴人が右無断転貸を理由として契約解除の意思表示をしたのは、右賃料債務の不履行を理由として契約解除の意思表示をした時より前であるのであるから、もし、控訴人のなした右無断転貸を理由とする契約解除が有効と認められるときは、右賃貸借はここに終了しもはや存在しないこととなり、従つてその後においてさらに他の理由により該賃貸借契約解除の意思表示がなされたとしても、それは意味のないこととなる筋合であるから、このような場合には裁判所は当事者の付した順序に拘束されることなくまず控訴人の右無断転貸を理由とする賃貸借契約解除の成否を取り上げて審理することができるものと解するのを相当とする。そして当裁判所は、控訴人と中村との間の本件宅地の賃貸借は、控訴人主張の賃料債務の不履行を理由とする契約解除の意思表示のなされた時より前である昭和二十九年四月二十二日に控訴人が前記中村の本件各建物敷地部分の無断転貸を理由としてなした契約解除の意思表示により解除されこれによつて終了したものと判断する。その理由は、原判決が控訴人の原審被告中村謙治に対する請求についての判断中この点に関する理由として詳細説示するところと同一であるから、ここにその記載を引用する。もつとも、本件記録によれば控訴人の中村謙治に対する前記訴については、その当審における昭和三十三年一月八日午前十時の準備手続期日において当事者間に和解が成立し、その和解条項を見ると、中村において控訴人との間の本件宅地の賃貸借契約は昭和三十年七月十三日民法第五百四十一条の解除権の行使により解除されたことを確認するとの趣旨の条項が存することが認められるけれども、中村が控訴人との間の右和解においてそのようなことを確認したからといつて、この一事を以て前記認定を動かすことはできない。以上認定の事実によれば、控訴人と中村との間の本件宅地の賃貸借契約は、被控訴人らが中村の賃借にかかる右宅地上の建物を取得しその敷地部分を転借したが地主である控訴人において転貸の承諾をなさず、昭和二十九年四月二十二日民法第六百十二条第二項の規定に基き賃借人たる中村に対し該契約解除の意思表示をなした結果終了したのであつて、控訴人主張のように中村の賃料債務不履行を理由としてなされた契約解除の意思表示により終了したものではないことが明らかであり、そしてこのような場合には、たとえ賃貸人が賃借人に対し無断転貸を理由に契約解除の意思表示をしても、建物の取得者はなお借地法第十条の買取請求権を行使することができるものと解すべきであるから、控訴人の右主張は採用することができない。

控訴人は、なお、被控訴人幸田に対する関係において、同被控訴人は訴外山田喜一に対し金二十七万円の貸金債務を負担しその代物弁済のため同被控訴人所有の本件第二の建物を提供し右山田を権利者として同建物につき所有権移転請求権保全の仮登記がなされているから、このような場合には同被控訴人は右建物の買取請求権を有しないと主張し、同被控訴人においてその成立を認める甲第八号証によれば、同被控訴人所有の別紙目録記載第二の建物につき昭和三十年五月二十八日東京法務局板橋出張所受付第一二七二八号を以て右山田喜一のため同年五月二十六日の売買予約を原因として所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることを認めることができるけれども、(控訴人主張の代物弁済契約のあつたことは認むべき証拠がない。)右のように右建物につき右両名間に売買の予約があつてこれを原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされているからといつて、必ずしも右売買予約完結の意思表示がなされて所有権取得の本登記がなされ、そのため控訴人が買取請求の結果一旦取得した右建物の所有権を喪失するものとは限らないから、前記のような売買予約及びこれを原因とする所有権移転請求権保全の仮登記の存する場合においても、同被控訴人が右建物の買取請求をなすこと自体は、なお妨げないものと解するのを相当とする。(ただし、右買取請求の相手方である控訴人において代金の支払を拒むことができることについては後述。)従つて控訴人の右主張も亦採用できない。

そうすると、被控訴人らの前記建物買取請求権行使の結果その権利行使のなされた日である昭和三十一年十一月一日被控訴人槇塚及び同土谷と控訴人との間に別紙目録記載第一の建物につき、また被控訴人幸田と控訴人との間に同目録記載第二の建物につきそれぞれその当時の時価を以てする売買契約が成立したと同一の効果を生じたものというべきであつて、かつ、原審における鑑定人駒井軍一の鑑定の結果に徴すれば、右目録記載第一の建物(実測延坪十坪二合五勺)の当時の時価は金三十万七千五百円、同目録記載第二の建物の当時の時価は金二十四万六千二百四十円と認定することができる。原審鑑定人大熊賢哉の鑑定の結果は、右鑑定人駒井軍一の鑑定の結果と比照し採用できない。なお、控訴人は右目録記載第二の建物については、前記のとおり所有権移転請求権保全の仮登記があるからその価格の算定につきしんしやくされるべきであると主張し、右建物につき被控訴人幸田と山田喜一との間に売買予約がありこれを原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることは前記のとおりであるけれども、そのようなことは、売主の担保責任の問題として考慮されるべき事項であつて建物の時価を定める場合にはしんしやくする必要はないものと解すべきである。

そして、右買取請求により被控訴人らと控訴人との間にそれぞれ前記各建物につき売買の成立と同一の効果を生じた結果、控訴人は別紙目録記載の第一及び第二の各建物の所有権を取得し、従つて被控訴人らの控訴人に対する右各建物の収去義務は消滅したが、他面被控訴人らはいずれも従前所有していた右各建物を控訴人に引き渡すべき義務を負担するに至つたものというべく、その引渡義務は特段の事由がない限り控訴人の被控訴人らに対する前記買取代金の支払義務と同時履行の関係に立ち控訴人から右買取代金の支払があるまで右各建物の引渡を拒絶することができる筋合であるところ、被控訴人槇塚及び同土谷と控訴人との間では右同時履行の関係の存立を妨げるような特段の事由は存在しないから、同被控訴人らは右同時履行抗弁の反射的効力として控訴人から右買取代金の支払があるまで本件宅地のうち右建物敷地部分の明渡をも拒むことができ、従つて同被控訴人らの右建物敷地部分の占有は、前示昭和二十九年四月二十三日以降右買取請求のなされた昭和三十一年十一月一日までは不法の占有であつて同被控訴人らは共同不法占有者として各自連帯して控訴人に対し右期間に対する前示一箇月金四十七円の割合による賃料相当の損害を賠償すべき義務があるが、右買取請求権行使後の同被控訴人らの右建物敷地部分の占有は前説示のとおり右同時履行の抗弁の反射的効力としてこれをなすものであるという限りにおいて不法占有とはならないから、同被控訴人らはこれにつき不法占有者としての損害賠償義務はない。しかしながら、同被控訴人らは本来右敷地を占有使用できる権原を有せず、ただ右抗弁の反射的効力としてその占有をなし得るに過ぎないのであるから、同被控訴人らにおいて右建物買取請求後依然として右建物に自ら居住してこれを使用し(同被控訴人らが右建物を共同で使用していることは原審における同被控訴人らに対する各本人尋問の結果に徴し明らかである。)その敷地部分を占有している以上は、同被控訴人らは法律上の原因なくして不当にその敷地部分に対する賃料相当の利得を得、反面控訴人はこれと同額の損害を被つているものとしなければならないから、同被控訴人らはこれが不当利得返還の義務を負担するものであつて、かつその義務は同被控訴人らが右建物を共同で所有し使用していることから見て不可分債務と認めるのを相当とする。従つて同被控訴人らは控訴人に対し各自昭和三十一年十一月二日以降右建物の引渡及び敷地の明渡済に至るまで前記賃料相当額である一箇月金四十七円の割合による不当利得金を支払うべき義務がある。次に、被控訴人幸田の関係について考えるに、同被控訴人の従前所有していた別紙目録記載第二の建物については、前記のように同被控訴人と訴外山田喜一との間に売買予約がありこれを原因として所有権移転請求権保全の仮登記がなされているため、もし右売買予約に基き右両名間に売買が成立し山田のため右仮登記に基く所有権取得の本登記がなされるときは、控訴人は右買取請求の結果一旦取得した右建物の所有権を喪失しなければならない関係に在るから、このような場合には控訴人は民法第五百七十六条の規定の趣旨にかんがみ控訴人が右権利を失う虞がなくなるまでの間右買取代金全部の支払を拒むことができるものと認めるのが相当であつて(なお同被控訴人が控訴人に対し相当の担保を供したことは同被控訴人の主張立証しないところである。)かつ、控訴人が右買取代金の支払を拒んでいることは控訴人の弁論の趣旨に徴し明らかであるから、同被控訴人は右建物の引渡につき同時履行の抗弁権を有しないものといわなければならない。従つて同被控訴人の右建物敷地部分の不法占有は、右昭和二十九年四月二十三日以降右買取請求後も引き続き存続しているものというべきであるから、同被控訴人は控訴人に対し右日時以降右建物の引渡及びその敷地部分の明渡済に至るまで前示一箇月金八十円四十四銭の割合による賃料相当の損害金を支払うべき義務がある。

以上説示のとおりであるから、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は、被控訴人槇塚及び同土谷に対し控訴人が金三十万七千五百円を支払うのと引換に別紙目録記載第一の建物を引き渡してその敷地部分五坪三合三勺を明け渡し(控訴人の本訴建物収去土地明渡の請求にはこのような引換給付を求める趣旨を明示していないが買取代金と引換に地上建物の引渡を求める請求をも包含するものと解することができる。)かつ、各自控訴人に対し昭和二十九年四月二十三日以降右建物の引渡及び敷地の明渡済に至るまで一箇月金四十七円の割合による金員の支払をなすべきこと(ただし、右のうち昭和二十九年四月二十三日以降昭和三十一年十一月一日までの分は賃料相当の損害金として同被控訴人ら連帯で、またその余の分は不当利得返還義務の履行として)を、また、被控訴人幸田に対し別紙目録記載第二の建物を引き渡してその敷地部分九坪一合二勺を明け渡し、かつ、昭和二十九年四月二十三日以降右建物の引渡及び敷地の明渡済に至るまで一箇月金八十円四十四銭の割合による賃料相当の損害金の支払をなすべきことを求める限度において正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、原判決中控訴人と被控訴人らとの間に関する部分を一部変更すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第九十二条及び第九十三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 川喜多正時 判事 小沢文雄 判事 位野木益雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例